家にいるとき、
特に見たい番組があるわけでもないのに、
テレビつけっぱなしのこと、ありませんか?
私はわりとあります。
朝起きたら
とりあえずテレビをつける。
家事しながらなんとなく音が流れてる。
気づいたら用事が終わるまで
ずっとテレビがついたまま、
なんて日も少なくありません。
「別に見てるわけでもないのに」
って思うこともあるけど、
それでもテレビを消さへん理由がちゃんとある気がしたんですよね。
用事をしながらでもテレビがあると落ち着く
家事してるときって、
手は動いてるけど、
頭はけっこう空いてます。
そんなとき
無音の部屋やと
なんかちょっと落ち着かへん。。。
テレビの音があるだけで
家の中に
なにかしら気配がある感じがして
安心するんですよね。
画面をちゃんと見てなくても
声や音が流れてるだけで
空間が埋まる。
テレビって、
情報というより、
生活音の一部 みたいな存在なんやな
と思うことがあります。
テレビを消す=静かすぎるなーって感覚
たまにテレビを消してみると
思った以上に部屋がシーンと静かになって
ちょっと違和感があります。
時計の音が気になったり
生活音がやけに大きく感じたり。
「別にテレビなくてもええはずやのに」
と思いながら
またつけてしまう。
この感覚って
テレビが好きというより、
静かすぎる空間が苦手
なんかもしれません。
テレビがあることで
家の中のリズムが保たれてる感じがするんです。
全部集中して見なくてもいい安心感
テレビって
スマホや動画と違って
ちゃんと見続けなくても成立するのが
ええところやなーなんて思ってます。
途中で目を離してもいいし
聞き流しててもいい。
気になるときだけ画面を見る
そんな距離感が許されてる。
この「ゆるさ」があるから
つけっぱなしでも
しんどくならへんのかもしれません。
全部集中せなあかんものやったら、
とっくに消してる気がします。
テレビがあると時間の流れが分かりやすい
テレビをつけてると
時間の感覚もつかみやすい。
「もうこんな時間か」
「そろそろ次の用事やな」
番組の切り替わりや
CMのタイミングで
自然と区切りがつく。
家におる時間が長いと
時間があいまいになりがちやけど
テレビがあると
そんな生活の時間の目安になってくれてる感じもします。
まとめ:テレビは“見るもの”以上の存在かも?
改めてこうして考えてみると
テレビをつけっぱなしにしてしまうのは
ただテレビ番組が好きやから、
という理由だけやない気がします。
音があって落ち着く。
空間が静かすぎへん。
時間の流れが分かりやすい。
テレビは
生活の中で
無意識に私が頼ってる相棒みたいな存在
なんかもしれません。
これからもたぶん私は
特に理由もなく
テレビをつけると思います。
でもそれは
惰性もあるけど
今の生活に
ちょうどええ距離感で
寄り添ってくれてるから。
これからも相棒よろしくです。

