ドラマの最終回がなんか物足りなく感じるのはなぜ?

生活・ライフハック


毎週楽しみに見ていたドラマ。

最終回の日
もう終わっちゃうのが寂しいんやけど
でも「どう終わるんやろ」とワクワクもする。

いざ見終わったあと、
「よかったなぁ」と思うこともあれば、
なぜか少し物足りなさが残ることもある。

決してつまらなかったわけじゃないのに
なんやろ、この感じ。

今日は
ドラマの最終回が物足りなく感じる理由について、
自分なりに考えてみます。

期待が膨らみすぎている

最終回まで来ると
私たちはそれまでの積み重ねを
ちょっと大げさにいっちゃうと全部背負って見ている。

伏線はどうなるのか
あの関係はどう決着するのか
モヤモヤは回収されるのか。

何週間も考えてきたぶん知らん間に
期待値がどんどん上がっている。

だから
きれいに終わっても
「もっと見たかった」が勝ってしまうことがある。

終わること自体がさみしい

物語が終わるということは
その登場人物たちの日常
もう毎週は見られないということ。

これが地味に大きい。

続きがない、と分かった瞬間に、
ぽっかり穴が空いたみたいになる。

物足りなさというより、
ロスに近いのかもしれません。

余白が残る終わり方

最近は
あえて全部を説明しない最終回も増えている気がします。

その後を想像させるラスト。

きれいやけど
はっきりした答えは出さない。

それが作品の良さでもあるけど、
「もうちょっと見せてほしかった」
思うこともある。

でも
全部説明されてしまうと
それはそれで情緒がなくて寂しい。

難しいところです。

完璧な最終回なんか、たぶんない

どれだけ丁寧に作られていても
視聴者全員が「最高!」と思う最終回
きっとなかなかない。

好きなキャラクターの扱い
回収してほしかった伏線
期待していた展開。

見る側の数だけ、
理想の終わり方がある。

だから
少しの物足りなさは、
ある意味で自然なことなのかもしれません。

まとめ

最終回が物足りなく感じるのは
期待が大きすぎたからだけじゃないのかもしれません。

もしかしたら、
炎上しないように
誰も傷つけないように
きれいに着地させようとする空気
制作側で少しずつ強くなっているのかも。

コンプラもあるし、
SNSの反応もすぐ広がる時代。

思い切った終わり方より、
無難な終わり方のほうが安全

という判断もあるのかもしれません。

もちろん全部がそうとは限らないけど
ちょっと尖ったラストを
見たくなる気持ちも正直ある。

賛否が割れてもいいから、
「うわ、そこまでやる?」って
言いたくなる終わり方。

そういう最終回に出会えたら、
きっと何年も語り続けるんやろなと思います。

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